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読んだ本の感想と日々の変化

『権威と権力』ーーいうことをきかせる原理・きく原理ーーなだいなだ著 レビュー

精神科医でもあった〝なだいなだ〟著の『権威と権力』~いうことをきかせる原理・きく原理~を読んでみました。

 

1974年と古い本ですが、中身がつまっていて面白く、読みやすいです。

現在でも無駄だと思われる権力がはびこっているというのに、この時代で既にこのような本が出ていたのは驚きです。

 

私はここ数年前までテレビによって暗示をかけられているという発想などなかったのに、この時代にもう既にテレビには色んな暗示にかかるようなことが仕掛けられているということが書かれてあります。

 

 

A君という高校生と著者との対話形式で、A君自身と一緒に〝権力とは何か〟を考えていくという過程が、強制的に教え込むのではなくいいです。

 

 

A君はクラスメートはもちろん、国民がバラバラでまとまりがないことに苛立ちを覚えています。

そこでA君がバラバラなクラスに必要なのは〝英雄〟もしくは〝強力な指導者〟だと考えます。

 

以前は決まりがあり、みんなそれを守っていた。

しかし、現在はみんなが自由気ままになり、決まりも守らなくなった。

A君は既存のルールを守る典型的な〝いいこ〟です。

 

 

ここで何故〝決まりを守らなくなったのか〟ということを考えると、

〝ある力が失われたからだ〟=権威の力が弱まったというところにいきつきます。

 

家では父親、学校では先生、国など。

確かに今ではサザエさんの波平のような父親はほとんど見かけません。

 時代遅れだとさえ言われています。

 

父親の権威などを主張していたA君に面白い問いをかける。

「女性には権威がないことになるのかな」

 この部分はフェミニスト気味な私の心を打った。

 

 

権威は個人の中にばかりあるものでなく、それ以外のところにもある。

大学の先生に権威を感じなくなったのは、昔に比べて誰でもなれるようになったから。

権威がなくなった先生は今度は何によって支配しようとするかというと権力という力に頼る事になる。

 

つまり、自発的に従わせるのではなく、支配する側が権力という力を使う。

 凄く腑に落ちるところで、学校などは特に〝従わせる〟傾向が強いと思います。

 

 

〝少年よ大志をいだけ〟でおなじみのクラーク博士は「規則はいらない」といって、

一年間その学校にいる間は規則がなかったが、よくまとまっていたらしい。

 

いなくなったその後に規則が出来た。

 

 

権力には人を簡単に信じ込ませる力がある。

権力がある人の言うことと、何もない人のいうことでは明らかにある人の方が信じやすい。

 そして権力と権威との違いとは・・・

権威は自ら進んで従う

権力は強制的に従わせられる

 となり、根本的に違うものとなります。

本来は自ら従うべきところを、色んな力を使って従わせる。

 

 

依存している人間の言うことを聞かなければならない。

というところには更にハッとさせられた。

 

 

親と子の間には必然的に依存関係が出来上がって(子供は自分では何もできないから)、

だから子供が大きくなるにつれて親という肩書を使い、言うことを聞かせようとする。

 

 

神と人間との関係もよく父と子との関係に例えられます。

全知全能と未完成のもの。そこに力の差が生まれ、場合によっては権力というものが発生する(ある種の宗教など)。

 

 

 

親と子、先生と生徒の間に権力が生まれる理由が圧倒的な知識の差であるとすれば、インターネットが登場した現代ではその知識の差が縮まってきたのではないかと思います。

 

第一の反抗期は「なんでもイヤ」という時期がくるが、これは「自分には意志がある」ということを主張したいためだとあります。

 

 

人間は果たしてバラバラのまま生きられないものなのだろうか

 

まとまって何かをしたいものもいればしたくないものもいる

 

したくないものまでやらせるとなったら、それは強制ではなかろうか

 

 

 

しかし未だにこの依存と権力の構造にハマり、身動きの取れない人のなんと多い事か。

かなり前の本ですが、時代が変わりつつある今でこそ読んだ方がいい本だと思います。

 

歪んだ支配構造ができやすい、 家庭、学校、会社のどれかがうまくいっていない人は一度読んでみると腑に落ちる本だと思いました。

 

 

権威と権力――いうことをきかせる原理・きく原理 (岩波新書 青版 C-36)

権威と権力――いうことをきかせる原理・きく原理 (岩波新書 青版 C-36)