無知から始める読書習慣

読んだ本の感想と日々の変化記録

『アスペルガー症候群の難題』井出草平    感想

ここ最近で頻繁に耳にするようになった〝アスペルガー症候群〟という言葉。

ネットなどでも一般常識から外れた書き込みや、相手のことを考えない書き込みがあると、簡単に「アスペルガー」といった言葉で罵ったりしている人もみられます。

 

前にユーチューブを見ていたら「アスペルガーと診断されました」と動画を公開している人がいました。

しかしその人の動画を見ても特に目立って人と変わって見えるところはない。

口頭では「こういうところが異常だ」などとは述べているものの、私にはイマイチ理解ができませんでした。

 

そこで、今回は本屋さんで見つけた〝アスペルガー症候群の難題〟という本を読んでみました。

 

内容は、【アスペルガー症候群と犯罪】についてに重きが置かれていました。

しかし、決してアスペルガー=犯罪を犯しやすいということが言いたいのではなくて、

アスペルガー症候群の特性を知り、犯罪が起きてしまった時にどう対処するか、事前の対策などの重要性、情報共有の必要性についてなどが書かれてあります。

 

 

【17歳の犯罪】という言葉が報道されるようになった時期があり、相次いで奇怪な殺人事件が起こり、理解不能な少年の殺人行為は世間を騒がせた。

「最近は凶悪な犯罪が増えた」という言葉が度々聞かれますが、犯罪が多かった時期は戦後が一番だそうで、率も今では五分の一にまで下がっているそうです。

 

犯罪の数は減ったかもしれないが、「犯罪の質が凶悪化しているんじゃないか」との考えに対しては、昔も今も凶悪な犯罪を犯すものは一定でいたということがデータを用いた説明でわかりました。

 

しかしアスペルガーの診断を下すには、幼少期の行動の観察が必要なので、昔の人物で残酷な行いをする人がいても、憶測では「アスペルガーなんじゃないか」と言えても診断を下すことはもちろんできない。

 

・神戸児童連続殺人

・大阪姉妹殺人事件

全日空61便ハイジャック事件

などの凶悪犯罪が例に書かれてあって、犯行当時の様子や、犯行後の少年が発した言動や考え方などがやはり一般とは違う思考回路を持っているんだなと感じました。

 

この当時から〝アスペルガー症候群〟という言葉がニュースなどでも出てくるようになり、今現在では逆に使われなくなったとのこと。

使われなくなった理由は、ちゃんとした知識を持っていない人が間違った情報を流したりして世間に誤解を与えてしまうから。

 

共感性の欠如や、家庭内暴力についてもかかれてあり、個人の問題とするのではなく、社会の問題として捉え、公的な支援をしいくべきだというところには納得しました。

しかし自分の子供が自閉症や精神病だということを受け入れられない親も多く隠したがる人も多いので、そこがネックなんだと私は思いました。

 

この本ではアスペルガーと犯罪との関係性について書かれてありましたが、アスペルガーの方は才能豊かな人も非常に多いと聞くので、今度はまた違った視点での本も読んでみたいと思います。

 

アスペルガー症候群の難題 (光文社新書)

アスペルガー症候群の難題 (光文社新書)

 

 

 

 

『権威と権力』ーーいうことをきかせる原理・きく原理ーーなだいなだ著 レビュー

精神科医でもあった〝なだいなだ〟著の『権威と権力』~いうことをきかせる原理・きく原理~を読んでみました。

 

1974年と古い本ですが、中身がつまっていて面白く、読みやすいです。

現在でも無駄だと思われる権力がはびこっているというのに、この時代で既にこのような本が出ていたのは驚きです。

 

私はここ数年前までテレビによって暗示をかけられているという発想などなかったのに、この時代にもう既にテレビには色んな暗示にかかるようなことが仕掛けられているということが書かれてあります。

 

 

A君という高校生と著者との対話形式で、A君自身と一緒に〝権力とは何か〟を考えていくという過程が、強制的に教え込むのではなくいいです。

 

 

A君はクラスメートはもちろん、国民がバラバラでまとまりがないことに苛立ちを覚えています。

そこでA君がバラバラなクラスに必要なのは〝英雄〟もしくは〝強力な指導者〟だと考えます。

 

以前は決まりがあり、みんなそれを守っていた。

しかし、現在はみんなが自由気ままになり、決まりも守らなくなった。

A君は既存のルールを守る典型的な〝いいこ〟です。

 

 

ここで何故〝決まりを守らなくなったのか〟ということを考えると、

〝ある力が失われたからだ〟=権威の力が弱まったというところにいきつきます。

 

家では父親、学校では先生、国など。

確かに今ではサザエさんの波平のような父親はほとんど見かけません。

 時代遅れだとさえ言われています。

 

父親の権威などを主張していたA君に面白い問いをかける。

「女性には権威がないことになるのかな」

 この部分はフェミニスト気味な私の心を打った。

 

 

権威は個人の中にばかりあるものでなく、それ以外のところにもある。

大学の先生に権威を感じなくなったのは、昔に比べて誰でもなれるようになったから。

権威がなくなった先生は今度は何によって支配しようとするかというと権力という力に頼る事になる。

 

つまり、自発的に従わせるのではなく、支配する側が権力という力を使う。

 凄く腑に落ちるところで、学校などは特に〝従わせる〟傾向が強いと思います。

 

 

〝少年よ大志をいだけ〟でおなじみのクラーク博士は「規則はいらない」といって、

一年間その学校にいる間は規則がなかったが、よくまとまっていたらしい。

 

いなくなったその後に規則が出来た。

 

 

権力には人を簡単に信じ込ませる力がある。

権力がある人の言うことと、何もない人のいうことでは明らかにある人の方が信じやすい。

 そして権力と権威との違いとは・・・

権威は自ら進んで従う

権力は強制的に従わせられる

 となり、根本的に違うものとなります。

本来は自ら従うべきところを、色んな力を使って従わせる。

 

 

依存している人間の言うことを聞かなければならない。

というところには更にハッとさせられた。

 

 

親と子の間には必然的に依存関係が出来上がって(子供は自分では何もできないから)、

だから子供が大きくなるにつれて親という肩書を使い、言うことを聞かせようとする。

 

 

神と人間との関係もよく父と子との関係に例えられます。

全知全能と未完成のもの。そこに力の差が生まれ、場合によっては権力というものが発生する(ある種の宗教など)。

 

 

 

親と子、先生と生徒の間に権力が生まれる理由が圧倒的な知識の差であるとすれば、インターネットが登場した現代ではその知識の差が縮まってきたのではないかと思います。

 

第一の反抗期は「なんでもイヤ」という時期がくるが、これは「自分には意志がある」ということを主張したいためだとあります。

 

 

人間は果たしてバラバラのまま生きられないものなのだろうか

 

まとまって何かをしたいものもいればしたくないものもいる

 

したくないものまでやらせるとなったら、それは強制ではなかろうか

 

 

 

しかし未だにこの依存と権力の構造にハマり、身動きの取れない人のなんと多い事か。

かなり前の本ですが、時代が変わりつつある今でこそ読んだ方がいい本だと思います。

 

歪んだ支配構造ができやすい、 家庭、学校、会社のどれかがうまくいっていない人は一度読んでみると腑に落ちる本だと思いました。

 

 

権威と権力――いうことをきかせる原理・きく原理 (岩波新書 青版 C-36)

権威と権力――いうことをきかせる原理・きく原理 (岩波新書 青版 C-36)

 

 

 

【偶然】の統計学 デイヴィッド・J・ハンド 感想

〝考えれば考えるほど起こりそうにない物事が何故起こるのかについて語っていく〟

近代科学以前のはるかかなたに起源を持っている説明は時代遅れだとばっさり言い切っています。

 

例えば予言や神々心霊現象、シンクロニシティ、予知などなど。

 

空高く投げたボールが運悪くワイングラスの中に入った

 

こういう偶然が起こると人間は背後に謎のパワーがあると思いたがる。

それが、近代科学以前の迷信や予言などということになりますが、

 人が想像できない程の偶然が起こったとしてもそれは確立としては起こりえることで、奇跡や神の仕業ではないということです。

 

 

因果関係の表れであるパターンと、そうでないパターン(たんなる偶然)を見分ける。

ありえない出来事(いいことも悪いことも)が起こった時になんでもかんでも「背後に何かがある」と思ってしまうのはナンセンスだというところが勉強になり、

因果があることと、ないことの二種類があるということは心に留めておくべきだと思いました。

 

科学者の名前や法則などが頻繁に出てくるので ある程度それなりの知識を持っている人じゃないと難しい内容の本だと思いました。

「偶然」の統計学

「偶然」の統計学

 

 

ロングテール 「売れない商品」を宝の山に変える新戦略 クリス・アンダーソン 感想

大衆文化といって、70~80年代はみんな同じテレビを観て、次の日の学校や会社ではかならずと言っていいほど昨日のテレビの内容で盛り上がっていました。

 

なので、注目を浴びればどこまででもヒットするし、どんなにいいものでもメディアに見つけてもらえなければ埋もれたままという時代がしばらく続きました。

 

インターネットの登場と共に、その出来上がった構図が崩れ始めているといった内容の本です。

 

 

〝ヒット作は未だに注目の的ではあるけれど、もう昔のような富は生まない〟

昔はみんなが同じものをみて、同じものを持って、好きになってましたが、

現在ではガラッと時代も変わり、昔なら誰も見向きもしなかったようなニッチなものにまでスポットライトが当たるようになった。

 

 

テレビやラジオのように、送り手が一方的に大量の人相手にメッセージを送るということが大衆操作に繋がっていましたが、インターネットの登場により、一対一での通信が可能になり、それが個人が個々の細かな嗜好に合ったニッチな作品に触れる機会を作ったので、あらゆるメジャーなものからニッチな作品まで、誰の選別も受けずに無制限に手に入るようになりました。

 

 

よく映画でも音楽でも〝昔のものの方が良かった〟などという言葉が聞かれますが、それは単純に大体の人が同じものを見ていた時代から違うものを見るようになったというだけの話だと思われます。

 

昔も今も変わらず良いものは生み出され続けています。

 

ただ、昔は皆が同じものを見て、同じく感動していたので相乗効果も高まりやすかった。

 

 

 アメリカの音楽に関しては、バックストリートボーイズ、ブリトニースピアーズ、インシンクを最後に音楽産業の成績が悪くなっていくと書かれてあります。

 

 

最近ではCDショップはもちろん、本屋さんもどんどん潰れて行っています。

CDをわざわざ買わなくてもダウンロードしたり、聴き放題プランに入れば手軽に聴ける。

本に関しては、Amazonでポチっとやればすぐに家に届いてしまうし、更には電子書籍というものが登場したので、本屋さんに行く人は本当に減ったと思います。

 

 

私も数年前は月に二回くらいは本屋さんで本を買っていましたが、現在では本屋さんに行くことはほぼゼロです。

 

 

大企業でなければ大ヒットは生み出せなかった時代から一転、今は個人が生み出したものが、大企業と肩を並べるチャンスのある時代です。

 

 

自費出版という形も、昔に比べて取りやすくなった。

もし自分が何か(くだらないものだったとしても)売りたいものがあれば、誰に認められなくとも、売りに出せてしまうのです。

 

音楽や映像、自分が作った作品から拾ったもの、ガラクタまで様々な物に値段がつくようになりました。

 

 

 

そして買う側もなんでも手に入る時代になっています。

参戦者が多くなったことにより、売りに出す側の競争が激しくなりあらゆるものの値段が安くなっています。

 

結局はヒットしそうなもの、しなさそうなものをつくったとしても、グローバルな目で見た時に、かならず一定のマニアがいるので、わざわざ狙う必要はないということです。

 

基本的にアメリカのデータをベースに書かれているので、アメリカでヒットしたものなどが参考に出てきますが、カタカナが沢山出てきて少し読むのが大変だった。

 

 

 

 

読書感想『ニートの歩き方』お金が無くても楽しく暮らすためのインターネット活用方法  Pha(ファ)

「だるい。めんどくさい。働きたくない。」という文から始まる一冊です。

この本は

・純粋に生きてきた人

・順風満帆な人

・努力が好きな人

・そこそこうまくやれている人

は理解しがたい本だと思います。

 

逆に

・何をやってもダメな人

・とにかく人や仕事が嫌いな人

・そんな自分が嫌いな人

・眠くて仕方ない人

・この世界は地獄のようだと思っている人

は読んだ方がいい本だと思いました。

 

 

そもそも本を読む事=知識をつける、意識を高めるなどのイメージがありますが、

こちらの本は「ダメな自分だけどそれでもいい」と思える本です。

 

本文より

『「人間はちゃんと会社に勤めて真面目に働いて結婚して幸せな家庭を作るのが当たり前の生き方だ」という社会のルールにうまく適応できなくてしんどい思いをしている人が、いろんな生き方があることを知ることで少しでも楽になればいいなと思って書いたものだ。』

 

何故適応できないのか

原因はなんなのか

直す方法

 

などの本はありふれていますが、

この手の「ダメな自分をそれでもいいと受け入れて生きて行く」というのは新しいタイプの本だと思います。

 

 

ニート』という言葉が頻繁にでてきますが、なんのためらいもなく一般の人にはダメに見える事をあけすけに書いているのでとても気持ちがいいです。

 

 

日本は豊かな国のはずなのに、若者が閉塞感を感じてしまうのは何故かというところでは〝日本の経済がまだ成長しているころに作られたルールや価値観が生き残っていて、それがみんなを縛っているせいなんじゃないかと思う〟といった文にはなるほどなと思いました。

 

 

ニート=ダメな人みたいなイメージがありますが、私は著者は頭が良すぎて世の中に馴染めない人なのではないかと思います。

 

 

 

インターネットの活用法とありますが、シェアハウスや、小銭稼ぎ、保険や年金のことなど様々なことが参考になります。

 

常識とは違う事が書いてあるのでかなり面白いです。

著者の正直すぎる生き方と面白いくらいに一般的にはダメな奴具合が逆に気持ちがいい。

 

しかし、世の中にいる〝死にたいぐらいにこの世界が嫌だ〟と思っている人にとっては救世主のような存在ではないでしょうか。

 

毎朝決まった時間に起きて決まった場所に行くことを繰り返すのが苦痛だったというところには共感しかありません。

 

この本では、ニートを全面的に肯定する事だけではなく、諦めなくてはならないことなども書かれていて、現実的に脱線する方法が書かれています。

 

更に資本主義や社会主義についての真面目な話から日常の性欲についてまで内容は幅広いです。

 

むしろ最先端

・必要なものを最低限だけ持って、あとは借りたりシェアでいい

という考え方はむしろ今の時代にあっては最先端です。

 

この本を読んでいると定職についてなくても、お金がそんなになくても生きていけるということがわかります。

 

ただ、積極的に情報を収集する能力だけは必要だと思います。

 

この本のなかでは『ニートのためのブックガイド』といって、ニート気質の人が役に立ちそうな本の紹介がされています。

 

純粋に面白そうなので読んでみたいと思います。

 

『できれば年を取っても若者や新しいものを無闇に否定するんじゃなくて、いつまでも新しいものを面白がりながら生きていたいと思う。』というところには特に共感。

 

他にも本を出していて面白そうなので読んでみたいと思います。

 

 

ニートの歩き方 ――お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法

ニートの歩き方 ――お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法

 

 

『頭のゴミを捨てれば、脳は一瞬で目覚める!』 苫米地英人 レビュー

 

「頭のゴミ」を捨てれば、脳は一瞬で目覚める!

「頭のゴミ」を捨てれば、脳は一瞬で目覚める!

 

 

最近断捨離にハマっているので、タイトルに惹かれ読んでみました。

頭のゴミというのは怒りや嫉妬、嫌な記憶、嫌な奴、などこの本では全部無用ということになっています。

 

 

「コーヒーを飲む、タバコを吸う、バッチリメイクをするなどして、気合を入れないと集中モードになれない人。要するに集中するために、緊張して特別なモードに自分を追い込まないといけない人」というのが、頭にかなりゴミが溜まっている人だそうです。

 

日本人のほとんどがそうなんじゃ・・・と思ってしまいますね。

私も、気合を入れないと腰が重いタイプです。

 

この本によれば本当の集中とはリラックスした集中のことだといいます。

 

エイっと気合を入れなければ集中できませんでしたが、最近私はそれに疲れてきたのでいいタイミングでこの本を読んだと思います。

 

 

ステップ1「感情のゴミを捨てる」

対処療法ではなく根本療法ということで、イライラするからそれに対応するのではなく、そもそものイライラをなくしてしまおうというのがこの本の言いたい事です。

 

この章で衝撃的だったのが

「感情的な人の脳はサル・ゴリラレベル」

と言い切ってしまっていること。

今まで論理的思考を身につけてこなかった私にとっては耳が痛いですがまさにそうだなと思わざるをえないです。

 

感情=ゴミと言い切っているので気持ちのいいこと。

そしてそのなかなか厄介なゴミを捨てるにはどうすればいいのか。

 

苫米地さんの本を読んでいると必ずと言っていいほどでてくるのが、ゴールを設定することの大切さです。

 

 

この章で印象的だったのは、同じ出来事が起こっても、トラウマになり傷が残る人と、病にならずに癒えていく人との違いです。

 

この本では「本人にとっての理不尽度が違う」と書かれてあります。

ようするに、受け取り方の違いだとのことです。

 

「自分にも少しは責任がある」と考える人は心の傷が深くならずに「自分には責任がない」と考える人は傷が深くなる。

 

 

確かに「自分は悪くない」と思って被害者の立場に立っている人は昔のことを引きずる傾向にあると私も思います。

 

 

要するに理不尽な事に出会った時に相手だけを責める人が自己中心的ということです。

 

 

 

ステップ2「他人のモノサシを捨てる」

「自分で選んだ」と思っても実は周りに左右されていることって結構あります。

 

ここではその【他人からの刷り込み】について書かれてあります。

他者からの刷り込みによって家のものが使わないもので溢れているというところは特に断捨離中の身としてはグサッときました。

 

テレビなどの『売るための刷り込み』に影響され、必要もないのに物を買った結果、気が付くと不要なものだらけ。

 

 

ステップ3では「これまでの自分というゴミを捨てる」

ここでの衝撃的な内容は【未来が過去をつくる】ということ。

過去→現在→未来

ではなくて未来→現在→過去

という風に成り立っているということです。

 

 

これはアビダルマ仏教哲学や現代分析哲学などでも言われているそうです。

 

 

過去が未来をつくるのではなく、未来が過去をつくる。

未来がいいものなら、現在も過去もいいもの。

 

今が最悪な状態なら「あの時にこうだったからだ」と過去を恨んだりしないのですが、

今が割と幸せなら、自然に過去に感謝できる。

 

だから、過去ってそんなに重要じゃないんだなっていうのがこの章を読んで確信に変わります。

 

 

 

ステップ4では「マイナスの自己イメージ」というゴミを捨てる

この世界は言語で成り立っている

法律や経済、土地、宇宙、お金、約束などほとんどが言語。

 

そしてその言語によって刷り込みがされている。

 

「失敗体験は二度と思い出すな」と言い切ってしまっているところが思いきっていて気持ちがいいです。

 

失敗体験を反芻することはまったくもって無駄だということです。

 

周りのネガティブ「ドリームキラー(夢を殺す人)」を撃退する方法は「夢を他人に話さない事」だそうです。

 

『夢を語る』のはいいことだけど、語ってネガティブな反応「失敗したらどうするの」「心配」などという言葉が返ってくると「話さなければ良かった」ということを私も何度も経験しています。

 

 

 

ステップ5は我慢というゴミを捨てる

ここでは「やりたくないことをやめる」。

 

 

ステップ6自分中心というゴミを捨てる

今まで「捨てなければならない」と意識しているうちは本当に捨てる事はできないという本質をついてきました。

 

確かに「捨てなければならない」と考えているうちは「~ねばならない」という思考が頭にあるということ。

 

 

ステップ7恐怖というゴミを捨てる

「恐怖を悪用する人々」政治家やテレビCMなどですね。

「食えなくなるから辞められない」ことへの考え方の

 

ステップ8論理へのとらわれというゴミを捨てる

ゲシュタルトについての説明がされています。

ここについては、私はもっと詳しく知りたいと思ったので、一冊ゲシュタルトの本を読んでみたいと思います。

 

 

 

〝経済ってそういうことだったのか会議〟佐藤雅彦 竹中平蔵 感想

 

経済ってそういうことだったのか会議 (日経ビジネス人文庫)

 

新聞も読まない、ニュースもさほど見ないため、経済のことが全くわからないので

〝経済ってそういうことだったのか会議〟を読みました。

 

読み終えてわかったことですが、この本2002年第一刷発行なのでかなり古いです。

経済は瞬く間に形を変えるので内容は古いですが、それでも基本的なベースはいつの時代も同じ。

わかりやすくとても面白い本でした。

 

難しい用語などは、本文の下に解説がついていますが、それでも私にとっては聞き慣れない言葉が沢山でてきたので、その度に検索しながら読んだため、読み終えるのに時間はかかりましたが、かなり知識がつきました。

 

経済人と、経済に詳しくない者との対話形式の本です。

 

 

第一章からさっそく【お金の正体】という題材から入ってきます。
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「お金とは何か」などどは考えもせずに生きてきましたが、ここではお金の本質にせまっています。

 

対話人の小学生のころに流行った牛乳瓶の蓋集めの話がすごくわかりやすく、幼い頃からすでに『価値の交換』が始まっていたことを思い知らされます。

 

何気なく集めていた牛乳瓶の蓋が、いつのまにか流行り出し価値を持つようになり、掃除当番と交換、傷物の蓋十枚と綺麗な蓋一枚などと、価値が出来上がってくるが、

ある日一人の少年が大量の新品の蓋を持ってきたことにより、何かが失われ急速に牛乳瓶の蓋は価値がなくなりゴミとなったという話。

 

 

市場経済のミニチュア版ということでとてもわかりやすいです。

 

 

そういうことでいえば、私も幼稚園の頃に、シールの交換ということですでに価値の交換が始まっていてそれを経験していたことを思い出します。

 

主に女の子の間で名札に可愛いシールをつけるのが流行っていましたが、子供だから他の子がつけているシールが欲しくなってしまうことがありますよね。

 

例えば可愛いクマのシールが欲しいけど、シンプルなシール一枚では見合わないので三枚で交渉する。ダメなら諦めるけど、クマのシールを持っている子が飽きるとただで貰えたりするなど、「今現在でも当てはまるよな」ということが幼い頃からすでに起こっていました。

 

 

小学校に上がっても、消しゴム、練り消し、鉛筆の交換など、色々流行りました。

そのたびに、そういえば交換とかしてたよなぁと思い出しました。

 

〝世の中にある大抵のものはお金に換算できる〟ということですが、これは土地などの大きなものに始め、メルカリを見ていてもわかるように、昔ならゴミとなっていたものまでなんでもお金に換算できるということがわかります。

 

 

第二章は【経済のあやしい主役】株の話
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よくよく考えれば世の中の大体の会社って株式なのに、株の存在感って薄いような気がします。

この本ではアメリカでは小学生からすでに株の事を学ぶとのことですが、日本ではそんな事は学びませんよね。

 

確かに株の事を知らない人であれば株=騙されるなんて考えている人もいますが、成り立ちや世の中の経済を語るには切っても切れない話です。

 

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第三章【払うのか 取られるのか】税金の話

税金ややこしいですよね。

ややこしいので避けて通りがちですが、税金の仕組みを身につけているかいないかだけで、損をすることも得をすることもあるので大事なところです。

 

税金制度の始まりから、各国の成功例から失敗例まで。

意外にもここでは皆等しく同じお金を払う「人頭税にするべきだ」ということが話されています。


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ヤクザのみかじめ料と似ているという話も面白かったです。

 

アメリカの映画では「私は税金を払っている」というセリフがよくでてくるのは、アメリカ人は税金に対しての意識が高いからであって、日本のサラリーマンだと税務署がどこにあるのかもわからずに過ごしている人も多いという話。

 

務めていると、全部会社がやってくれるので、税務署に行く必要がありませんからね。

 私も長い間税金をいくら納めているかなど考えたこともありませんでした。

 

 

ルーマニアで人口を増やしたいがために、子供を多く産めば税金を取らずに逆に奨励金がでるという政策をしたらしいですが、大失敗に終わったそう。

国の状況が変わると孤児が増え、社会問題になりました。

 

中国の一人っ子政策の問題もそうですが、国力の為に人為的に子供を増やそうとすることだけはやめてほしいと思う。


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第四章は【なにがアメリカをそうさせる】

経済大国アメリカの歴史から国民性、経済の在り方まで。

正直どういう経緯でアメリカという国が出来たかということでさえ知らなかったので純粋に勉強になりました。

 

 

日本は不安因子が強いのか安定志向、アメリカでは新規開拓で挑戦しやすい土壌がある。
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第五章は【お金が国境をなくす】
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ユーロ経済という事で、ヨーロッパの経済状況です。

2018年現在でもヨーロッパ諸国の経済状況はあまりよくないとか、勢いはないと言ったのが私のイメージでしたが、そもそもユーロが出来た時点で成長は終わっているという事がみてとれます。

 

 

 

 

 

 

第六章【強いアジア、弱いアジア】

ヨーロッパの次はアジア経済です。

日本を始め、韓国、タイ、インドネシアベトナム、中国、ソ連など各国の成長過程がわかります。

 

ここでは〝貧しい国はいつまでも貧しいのか〟という話がありますが、「貧困の悪循環」というのは国だけでなく人でも当てはまると感じた。

解決策は、他の国から借金をしてでも何か事業をやるとのこと。

 
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第七章【いまを取るか、未来を取るか】投資と消費

ここでは投資と消費の違いについて対話されています。

株はもちろん、教育は投資なのか、消費なのか、というところは興味深いです。

 

 

第八章【お金はクリエイティブな仕事】企業とビジネス
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昔の起業と今の企業は違うよね、という話。

今の時代の方が起業はしやすくなっています。

 

スティーブ・ジョブズビル・ゲイツ始め日本人の先人たちの企業マインドが学べます。このアニマル・スピリットは昔も今も変わらないんだなぁと思いました。

 

2008年の今でこそ、年功序列や終身雇用に対しての疑問視が出ていますが、この2002年ころからもう話題にはなっていたんですね。

 

 

 

第九章【人間とは労働力なのか】労働と失業

昔は食べる為に働いた、無いものを補うために働きましたが、現在はものは溢れかえっている時代。

なんで働いているんだろうと疑問を持つ人が出てきてもおかしくありません。

 私もその一人です。

無駄に雇用を作って赤字をつくらずに、働くという根本的な意味を考え直す時がきたのではないでしょうか。
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終章【競争か共存か】

今の日本には『競争のための競争』という無意味な競争があるという話。

いいものを作って勝つということではなく、勝つために勝つという無駄な構造が日本の資本主義の惜しいところです。

 

 

ここ出てきたタイタニックジョークが面白い。

女性と子供を先に逃がすために投げかける言葉が国によって違うというジョーク。

イギリス人には「あなたはジェントルマンなんだから女性と子供に先に譲りなさい」

アメリカ人には「ヒーローにはなりたくはないか」

ドイツ人には「ルールなんだからまもらなくてはいけない」

日本人には「みんながそうしてるんだから、あなたもそうしなさい」

 

これは皮肉にも本当にその通りだと思います。

日本人は協調性はあてっても主体性のないこと。

 

「本当は我々の政治の中には、今のものを壊す仕組みというものを必ず持っておかなきゃいけない」

「日本の今のシステムというのは、それがないどころか逆に壊すまいとする非常に強固な仕組みがある。」

 という会話が非常に印象的でした。

 

 

【その後】

その後の対話ではグローバリゼーションについての話が出てきます。

今では当たり前に使われているグローバルという言葉ですが、この頃はまだ言葉がでてきたばかりといった感じで、新鮮な響きです。

 

情報革命、流通革命、金融革命

といった爆発的なスピードを作っている一部の人に、普通の人が追いつけていないということが問題として話題にあげられています。

 

2018年現在で格差が問題になっていますがこのころからもうそれは小さな波として表れていました。

 

これからの世界がどういう風に変わって行くのかが私は楽しみです。

 


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 感想まとめ

経済について全く無知だったので、パラパラ読んだ程度では理解できませんでしたが、言葉の意味を調べながら読んでいくと世の中のことが少しわかり、無知からの脱出をすることが出来ました。

 

内容は少し古いものですが、今の時代との比較もできるので、経済のベースを学ぶためには役に立ちます。

 

 

経済ってそういうことだったのか会議 (日経ビジネス人文庫)

経済ってそういうことだったのか会議 (日経ビジネス人文庫)